2011/04/26

クマのDNAから壁画の年代を推定 フランス・ショーヴェ洞窟

1994年、Jean-Marie Chauvetはフランス南東部で動物の壁画が描かれた洞窟が発見された。
この洞窟は発見者の名にちなんで、「ショーヴェ洞窟」と名づけられた。

発見から1年以内に、放射性炭素年代測定法によって、洞窟の壁画は3万年から3万2千年前のものとされた。これは南西フランスにある有名なラスコーの壁画より2倍も古い数値となる。この測定結果は考古学界を二分する論争となった。



2001年には総合的な放射性炭素年代測定による結果が提出され、壁画が3万年前のものであることを確認した。しかし、イギリス・シェフィールド大学のPaul Pettitt氏は納得していない。2年後に壁画が描かれた洞窟の壁がいまだに化学的に活性化しており、長期間にわたって壁画の顔料に変化を及ぼし、放射性炭素年代測定を狂わす結果となったと主張した。

こうした議論に終止符を打つために、フランス、サクレイの生物学・テクノロジー研究所のJean-Marc Elalouf氏と彼のチームは、洞窟熊に焦点をあてた。
マンモスやそのほかの大型の哺乳類と同じく、洞窟熊は氷河期の終わりにヨーロッパ中に生息していた。

ショーヴェ洞窟の壁画にはいくつかの洞窟熊の表現が含まれており、Elalouf氏はこれらの絵がこの地域にまだ生息していた熊を描いたものと考えた。
いつ頃熊がいなくなったかを明らかにするために、彼のチームはショーヴェ洞窟で発見された38の洞窟熊の残骸を採取し、ミトコンドリアDNAの調査を実施した。

分析の結果、熊のDNAは遺伝的に類似するものであり、これは洞窟熊の集団が小さいもので、孤立しており、したがって絶滅しやすい状態だったことを示している。
放射性炭素年代測定の結果は、3万7千から2万9千の間であり、この時期の終わりに、少なくともこの地域では絶滅していたと推測することができる。近くにある洞窟の調査でも、同様の結果が得られた。

熊の残骸の年代を考慮にいれれば、壁画が極めて古いものであることがいえる。

洞窟熊の絶滅の時期が正確にいつ頃なのかはわからないが、ヨーロッパで発見されている残骸の信頼できる測定結果では、少なくとも2万4千年前とされている。これが正しければ、ショーヴェ洞窟の年代測定結果は驚くに値しない。

しかし、Pettitt氏は、彼らが長期間にわたる熊の拡散を2つの洞窟の証拠から説明しようとしていると述べている。
Pettitt氏はまた、壁画に描かれた図が本当に洞窟熊をあらわしているかどうかについて疑問を呈している。ヒグマは、洞窟熊がいなくなって長期間たった後に出現した。Elalouf氏は、これらの種は頭骨の形の違いによって判別でき、壁画に描かれているのは紛れもなく洞窟熊をあらわしていると述べている。

Bear DNA is clue to age of Chauvet cave art

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