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2012/03/12

氷河期にヨーロッパ人が大西洋を渡っていたという新説

最初にアメリカ大陸へ渡ったのはアジア系の人々であり、彼らがいわゆるネイティブ・アメリカンの祖となったというのが通説だ。
しかし、アジア人よりも1万年も前に、ヨーロッパに起源を持つ人々が北大西洋を渡ってアメリカ大陸に到達していたという新説が発表された。
氷河期の北半球 灰色になっているのが氷河期の最盛期に氷に覆われていたと考えられる範囲

2012/02/22

古代アステカ神話を描いたレリーフが出土 メキシコシティー

メキシコシティーにある古代アステカの首都テノチティトランの大神殿の前で、戦の神ウィツィロポチトリの誕生など、アステカ神話を描いたレリーフを持つ石板が発見された。全部で23あり、約550年前のものだという。
テノチティトランの主神殿で発見されたレリーフの内の1つ。ヘビを表している。Credit: INAH
レリーフにはヘビ、捕虜、装飾品、戦士など古代メキシコ文化の神話の起源に関連する図像が描かれていた。
大神殿は古代メキシコ人の宗教生活において最も重要な中心地であり、現在のメキシコシティーのソカロ広場にあたる場所に位置していた。

2011/10/15

アメリカ大陸の発見が小氷河期の原因となった?

クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見しなかったら、その後のヨーロッパの気候はもっと温暖だったかもしれない。
中世の後に続く低温期「小氷河期」は、アメリカ大陸の人間活動による植生の変化が原因であるとする研究結果が提出されている。
アメリカ・コロラド州の森
ヨーロッパ人によるアメリカ大陸の征服によって、そこに住んでいた人々を追い払い、利用されていた土地をほったらかしの状態にしてしまった。
これらの場所で再生した木々は何十億トンもの二酸化炭素を大気から取り込み、大気が熱をとらえる許容量を減少させ、気候を冷温化させるに至ったと、スタンフォード大学の地球科学者Richard Nevle氏は述べている。

2011/10/11

アステカの祭壇を発見 付近に王墓の可能性 メキシコ

メキシコシティーのテンプロ・マヨール遺跡で、蛇の頭の彫刻が刻まれたアステカ文明の祭壇が発見された。アステカ文明の皇帝の墓が付近に存在する可能性もある。
アステカ文明の支配者の墓はまだ場所が特定されておらず、研究者らはテンプロ・マヨール遺跡周辺で5年に渡って探し続けていた。

2011/08/27

グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を開催 アメリカ・ペンシルヴァニア大学


アメリカ・ペンシルヴァニア大学では、9.11の10周年を記念して、グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を行っている。
単なる日用品が、事件の記憶を湧き起こすシンボルとなっている。

展示のタイトルは「Excavating Ground Zero(グラウンド・ゼロを発掘する)」で、ペンシルヴァニア考古学・人類学博物館で開催されている。
15の展示物があり、壊れたメガネ、来訪者のバッジ、ほとんど原型の無いコンピュータのキーボード、辞書のページ、完全な状態のクリスマスの飾り、よじれた布切れのようにねじまがった拡声器などが含まれている。
これらの遺物が公の場に展示されるのは初めてであり、2012年の9月11日にワールドトレードセンタービルがかつてあった場所にオープンする予定の博物館で展示されるために選別されたもの。

2011/08/04

メキシコの洞窟で先スペイン期のミイラ化した遺体発見

メキシコのチフアフア州タラフマラ・シエラにあるクエボ・エル・ギガンテ(Cueva El Gigante、巨人の洞窟という意味)で、2つの部分的にミイラ化した遺体が発見された。
昨年末にもミイラが同じ場所でみつかっている。このミイラは「走る民」と呼ばれるメキシコの山岳民族・ララムリの祖先と考えられている。
ミイラの出土状況 Credit: Enrique Chacón/INAH
専門家によれば、ミイラは800~1000年前のもので、先スペイン期の埋葬地の一部であるとのこと。
2010年から2011年にかけて、10体のミイラと13体分の人骨がこの洞窟で発見されている。
昨年3人の民間人がミイラを発見し、国立人類学・歴史研究所の専門家による調査が始められていた。

2011/07/30

猫のレリーフが刻まれたオルメカ文明の巨大な石を発見 メキシコ

メキシコ、モレロス州のチャルカツィンゴ遺跡で、重さ1.5トンに及ぶレリーフが刻まれた巨大な石が発見されたと、国立考古・歴史研究所(INAH)が報じた。
2800年以上前のオルメカ文明のものだという。
発見されたレリーフ Credit: DMC INAH/ M. MARAT
石は高さ1.5mあり、今年の4月に発見されていた。
チャルカツィンゴ遺跡の北側にある斜面で、この場所で発見された巨石を保護するための壁体と屋根を建設する際に見つかったという。

2011/07/25

メキシコで15世紀の食人の風習が発見される

メキシコで1450年頃に洞窟に家を作り居住していたシシメ(Xixime)と呼ばれるインディアンの人骨を調査した結果、食人の風習を有していた可能性をメキシコの人類学者が発見した。
食人は戦争や穀物豊穣の儀式の最中に行われていたと考えられている。

北部メキシコのドゥランゴ州にあるマゲイ洞窟(Maguey Cave)で発見された40体分の人骨を4年かけて調査したもので、その中の少なくとも80%は切断の跡や煮沸の痕跡があったと国立人類学・歴史研究所(INAH)が報じた。
マゲイ洞窟 Credit: EFE
これらの痕跡は儀式の一部として行われた食人の風習を示すものであり、食人は同じシシメの人間に対してしか行われなかった、と同研究所は伝えている。

2011/07/18

メキシコで新たに67の遺跡を確認


メキシコ南部のオアハカ州の山間部で、新たに67の先スペイン期とスペイン植民地時代の遺跡が確認された。

国立人類学・歴史研究所(The National Institute of Anthropology and History:INAH)によれば、そのうちのいくつかの遺跡は紀元前1000年にまでさかのぼるという。
写真はオアハカにある世界遺産モンテアルバン遺跡

調査は現在遺跡の位置記録、写真記録、土器の表面採集だけが行われており、本格的な発掘調査は行われていない。

発見された中には宗教的センターと思われる遺跡、10の先スペイン期の球技場、洞窟の岩絵、スペインからもたらされたガラス・ビーズなどがあった。

2011/07/12

雨の神トラロックの図像が刻まれた巨大な一枚岩を発見 メキシコ・モレロス州

メキシコのモレロス州でアステカの神が描かれた60トンに及ぶ巨大な一枚岩が発見された。
岩は8世紀のものだという。
発見された一枚岩
側面には農耕に関する図像が刻まれており、アステカ人によって雨の神トラロックを呼ぶためのものだったと考えられている。

岩に描かれた図像は農耕と水に深く結びついている。我々はこの岩が雨を呼ぶための儀式に使用されていて、ポポカテペトル山(メキシコ・プエブラ州にある火山。標高5426m)に向けておかれた可能性が高いと考えている」と考古学者Raul Gonzalez氏は語っている。

2011/07/01

世界で初めて船を沈めた潜水艦H.L.ハンリー 保存修復作業が進行中

潜水艦H.L.ハンリー
アメリカ連合国(アメリカ南北戦争時の南部諸州の国)の潜水艦H.L.ハンリーは1864年の2月17日、潜水艦史上発の船舶への攻撃を行い、沈没させることに成功した。
攻撃後、すぐに基地への帰還のため引き返したようだが、消息を絶ってしまった。
最近になって、ハンリーはチャールストン湾沖の海中に沈んでいることが発見され、乗組員であった8名も死亡していたことが確認された。

ハンリーは右舷側に45度傾いた状態で発見されており、2000年にその角度のままで引き上げが行われた。
今年の6月に保存修復作業が完了し、直立した状態でおくことができるようになった。

2011/06/27

メキシコ・パレンケの未発掘のピラミッドに小型カメラを入れて撮影

墓内部の写真
未発掘のマヤのピラミッドに小型のカメラを入れ、内部の様子が撮影された。
ピラミッドは1500年前のもので、内部には赤色に塗られた壁画、土器やヒスイと真珠層によって飾られた被葬者の覆いの一部などが確認された。

場所はメキシコのチアパスにあるマヤの古代都市パレンケで、ピラミッド内部に墓があることが1999年に発見されていた。
被葬者はマヤの王と考えられる人物で、紀元後431年から550年の間に生きていた。
この墓は今もなお考古学者による発掘調査が行われていない。

ピラミッドにある小さい穴から、約5m下へリモートコントロールが可能なカメラを下ろし、まだ荒らされていない状態の墓内部の撮影に成功したのである。

2011/06/19

1000年以上前の球技選手を表した石像が発見される メキシコ

発見された石像
メキシコのサカテカス州の遺跡で、紀元後900~1000年頃の球技選手の巨像が発見されたと国立人類学・歴史研究所が報じた。

エル・テウル(El Teul)という遺跡で、像は深さ1.5mから発見された。
昨年末にも、球技選手の像の存在が同じ遺構群から確認されていた。

2体の球技選手像は、古代マヤの創生神話ポポル・ブフで語られる聖なる双子を想起させる、と研究者は述べている。

2011/06/07

メキシコ・古代テオティワカンの地下に120mの巨大トンネルを発見

トンネル発掘の風景
メキシコの古代テオティワカンの地下で、地中レーダーによって巨大なトンネルがあることが明らかになった。

トンネル発掘は完了していないが、レーダーによれば120mの長さがあることがわかっており、末端にはいくつかの部屋があるようだ。

2011/06/04

グリーンランドのヴァイキング消滅の原因は12世紀の大寒波だった?

現在のアイスランドの風景
グリーンランドは北欧のヴァイキングによって入植が行われていたが、15世紀には姿を消してしまう。
ヴァイキング消滅の原因が、12世紀にグリーンランドで起こった寒波だったとする説が提出された。

この報告では、西部グリーンランドにある池の堆積物のボーリング調査によって、5600年前からの温度を復元している。
その結果、先史時代の居住者も、厳しい気候変動にさらされていたことが明らかになった。

2011/06/03

海賊「黒ひげ」のいかりが引き上げられる アメリカ・ノースカロライナ州

回収された黒ひげの船のいかり
アメリカ・ノースカロライナ州沖の海底で、伝説的な海賊「黒ひげ」の旗艦のいかりが引き上げられた。
旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ号(女王アンの復讐号)」にあった3つのいかりの内の1つであり、重さは1360キロもある。

1996年にノースカロライナ州のビューフォートの近くで発見され、数年前から段階的に船に積まれている品の回収作業が行われていた。
すでに大砲、金貨、大皿、コップなど25万点以上の品が回収されたという。

6月11日には、ノースカロライナ州ボーフォートにあるノースカロライナ海洋博物館でクイーン・アンズ・リベンジ号の残骸から回収した品の展示会が開催される。
1996年の発見以後、付近は観光名所となっている。

2011/05/21

トピック:殺人事件の捜査に携わる考古学者

犯罪捜査は、考古学の調査に似ている側面があると言われている。

アメリカのオクラホマ州では考古学者が犯罪捜査にかかわっている例があるそうだ。

オクラホマの考古学調査の団体は犯罪捜査のチームを組織し、殺人事件の被害者の遺体の調査が法的に行われている。

このような調査は、crime scene archaeologyやForensic Archaeologyと呼ばれている。
「事件現場考古学」、「犯罪捜査考古学」とでも訳すべきだろうか。

2011/05/19

アメリカ・ルート66のモーテルを遺跡として保護する運動

ルート66の看板
アメリカ合衆国を横断する国道、ルート66()のモーテル「ブーツ・モーテル」が、商業考古学会(the Society for Commercial Archeology)の「10の危険にさらされている道沿いの場所」リストに加えられた。

ルート66はアメリカ合衆国中西部・南西部の8州を通り、イリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカを結んでいた。全長3,755kmにおよぶ。アメリカの最初の国道の1つとして1926年11月11日に創設された。

ルート66は大陸を横断する国道として、アメリカ合衆国南西部の経済・産業の発展に大きく寄与した。20世紀中盤の映画や音楽などポップ・カルチャーの中にも多く登場し、多くの人々に愛された道であったことがうかがえる。

しかし、州間高速道路に取って代わられ、1985年に廃線となった。現在では、旧国道66号線(Historic Route 66)として、国指定景観街道(National Scenic Byway)に指定されている。

2011/05/01

トピック:アメリカの謎の浮浪者「革男」 今春に墓が暴かれる予定

実際の革男の姿
革男とは自分で革をつなぎ合わせた服を着て、1856年から1889年の間、コネチカットとハドソン川の間をグルグルと回り続けていた謎の浮浪者である。

その素性は知られておらず、カナダ人でるとも、フランス人であるとも言われている。
Jules Bourglayという名前であったといわれる時もあるが、未だその存在は謎に包まれている。

服やスカーフ、靴や帽子に至るまで、革で自作していたという。
流浪していたルートは1週365マイルで、34日間で回っており、ルート上の町々で食料の供給のために立ち止まっていたという。寝床は洞窟だった。