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2012/03/21

モンスーンの変化がインドの文明の盛衰を左右していた

インド・モンスーンは南西方向の季節風で、6月になるとインド南西部から強まり始め、次第に北東へ拡がっていく。これに伴って雨季が始まり、9月まで続く。
インドのモンスーンはこの2、3000年で、植物が繁茂しやすい湿潤で安定的なものから、乾燥期がより長く続くものへと変化していることが、ウッズホール海洋研究所で進められている研究の結果、明らかとなった。この気候の変化が、インドにおける古代文明の盛衰を左右していた可能性があるという。
モンスーンによる厚い雲(インド南部のナーガルコイル)
インド亜大陸(インド半島)はサハラ砂漠と同じ緯度にあるにも関わらず、10億以上の人々の生活を維持している。
もしモンスーンがなければ、インド亜大陸のほとんどの地域が乾燥し、人が住むことはできなかっただろう。
モンスーンの状況を予測することは、インドの人々の生活や経済にとって重要であるが、そのためには過去のデータを元にモデルを作成していかなくてはならない。
しかし、過去のモンスーンについてはわかっていないことも多い。

2011/10/15

アメリカ大陸の発見が小氷河期の原因となった?

クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を発見しなかったら、その後のヨーロッパの気候はもっと温暖だったかもしれない。
中世の後に続く低温期「小氷河期」は、アメリカ大陸の人間活動による植生の変化が原因であるとする研究結果が提出されている。
アメリカ・コロラド州の森
ヨーロッパ人によるアメリカ大陸の征服によって、そこに住んでいた人々を追い払い、利用されていた土地をほったらかしの状態にしてしまった。
これらの場所で再生した木々は何十億トンもの二酸化炭素を大気から取り込み、大気が熱をとらえる許容量を減少させ、気候を冷温化させるに至ったと、スタンフォード大学の地球科学者Richard Nevle氏は述べている。

2011/09/12

イギリス人の祖先は何者か? DNAによる人の移動の分析

 これまでイギリス人は5000~10000年前に移住してきた農耕民の子孫であると考えられてきた。
しかし、新しい遺伝学の研究では、この説とは異なる成果が提出されている。

イギリス・オックスフォード大学とエジンバラ大学の研究者らによると、ヨーロッパの男性の大半はそれよりもずっと前の段階にヨーロッパに定住していた人々(おそらくは狩猟採集民)と遺伝的なつながりがあるという。

2011/07/04

親族関係よりも共同体の中での関係の方が大事? 世界最古級の都市における埋葬の特徴

トルコのチャタル・ホユック遺跡は、9000年前にさかのぼる住居址が発見されており、遺跡の規模や複雑な構造から世界最古の都市遺跡と称されることもある。
チャタル・ホユックの発掘調査の様子
チャタル・ホユックの住民は、死者を村の内部で埋葬した。遺体は日乾しレンガ造りの家屋の床下に埋葬された。特に暖炉の下、主たる部屋の基壇や「ベッド」の下から遺体が発見されている。
遺体は、基壇の下60cmくらいの深さに、体を小さく折り曲げて、左脇を下、頭を部屋の中央に向けて、かごやアシ類のござのようなものにくるまれていることが一般的であった。
この遺体、家屋の下から発見されていることから、居住者の家族が代々埋葬されていくと普通は考えるが、どうやら血のつながりがないということが研究の結果わかってきた。
8歳の子供でさえ、自分の両親や親族とは別々に埋葬されているという。

2011/07/03

古代のアボリジニの焼畑が気象に変化をもたらしていた?

最初のヨーロッパ人居住者が17世紀にオーストラリアに来た時、アボリジニ達は奇妙な農耕の習慣を有していた。
冬のモンスーンの時期の間にある、乾季の涼しい期間に、北部オーストラリアの各地にある草原、植物を決まって燃やすのである。
Credit: Lindsay Brown / Lonely Planet Images/Newscom
このような一定の規則に従った焼却は、続く雨の多い季節での土地の再生をより活性化させることを意図していたようだ。
しかし、この活動が夏の乾季を通常より暑く、より乾燥させることに一役かっていたという新たな研究成果が提出された。

2011/05/28

ヌビアのミイラが現代の疫病の歴史を語る 住血吸虫症の研究成果

マンソン住血吸虫
ナイル川流域から発見されたミイラの分析によって、古代の灌漑技術がいかに水生の寄生虫による病気「住血吸虫症」の蔓延を促進していたかが明らかになった。住血吸虫症は現在でも2億人に感染しているといわれている。

現在のスーダンにあたるヌビアで発見されたミイラの分析によるもので、古代の人々における病気の流行について詳しく知ることができたのは初めてのことである。また、当時の人類による環境の改変が、病気の流行につながるメカニズムについて解明している。

2011/05/26

ラマの糞がインカ帝国を生み出した? 最新の研究成果

インカの失われた都市マチュ・ピチュ
エジプトはナイルの賜物といわれていたが、インカはラマの糞の賜物と言えるかもしれない。

ペルー・アンデスにあるインカ帝国のマチュ・ピチュは、6月にアメリカ人探検家ハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)による「再発見」から100周年となる。
(ハイラム・ビンガムはあのインディアナ・ジョーンズのモデルになったと言われている)
マニュ・ピチュは1983年に世界遺産にも登録されている。

考古学の学術雑誌「Antiquity」に掲載された研究によると、ラマの糞がインカ帝国の発展の基盤となったという。
ラマ(リャマ)とは、哺乳類ウシ目(偶蹄目)ラクダ科の動物である。体高約1.2m、体重70~140kg。南アメリカのアンデス地方に多く住む。

2011/05/07

コメ栽培種の起源 遺伝学的研究による新展開

ニューヨーク大学のMichael Purugganan教授らは、世界のコメの栽培種の起源は中国の1つの地域にあるという研究成果を提出した。

コメの栽培種はインドと中国の両方で生まれたとこれまで考えられていた。

大規模な遺伝子のリシーケンスによって、Purugganan教授とその研究チームは、コメの栽培種が9000年前の長江流域で生まれたことを突きとめた。