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2012/04/18

タイタニック号の残骸に残る遺体

1912年にイギリス・サウスサンプトンからニューヨークへ向けて出発したタイタニック号が沈没して、100年になる。
100年を経た今、タイタニック号はユネスコによる水中文化遺産として認められるようになった。
3600mの海底にある遺品の靴 Credit: AP Photo/Institute for Exploration, Center for Archaeological Oceanography/University of Rhode Island/NOAA Office of Ocean Exploration
タイタニック号の残骸がある場所には、まだ海底の泥の中に遺体が残っている可能性が指摘されている。

2012/03/17

産経ニュースの記事:貞観地震前後の関東で起きた大地震

平安時代の貞観11年(西暦869年)5月26日に起きた貞観地震は陸奥国東方沖の海底を震源域として発生した巨大地震であり、津波による被害も甚大であった。マグニチュードは8.3以上であったと推測されており、2011年3月11日に起きた東日本大震災との類似が指摘されていた。

この地震の前後に、関東地方で大地震があった記録が残っていることが、MSN産経ニュースに掲載されていた。
【過去からの警鐘 埋もれた巨大地震】

2012/03/09

セントヘレナ島に埋められた奴隷達 大西洋奴隷貿易の負の歴史を語る

イギリス・ブリストル大学の考古学者が、大西洋の離島セント・ヘレナで大量の奴隷の墓所を発見した。
セントヘレナ島の衛星写真
島の新空港建設に伴う調査で見つかったもので、悪名高い大西洋奴隷貿易の負の歴史を物語るものだった。

2011/10/07

トルコ・「ガリポリの戦い」戦場跡の調査から見える両陣営の様子

 オーストラリア、ニュージーランド、トルコの考古学者、歴史学者などによる研究チームによって、第一次世界大戦にトルコで行われた「ガリポリの戦い」の戦場跡の調査が行われ、100以上の遺物が発見された。
ガリポリの戦いを描いた絵
ガリポリの戦いは第一次世界大戦中の1915年4月~1916年1月にトルコのガリポリ半島で起きた戦い。
主に大英帝国とフランス連合軍が、オスマン帝国の首都コンスタンチノープルを奪還してロシアへの海路を確保しようとしたもの。
英仏軍は世界で最初となる大規模な上陸作戦を展開したが失敗し、双方に多数の戦死者を出した。

2011/08/27

グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を開催 アメリカ・ペンシルヴァニア大学


アメリカ・ペンシルヴァニア大学では、9.11の10周年を記念して、グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を行っている。
単なる日用品が、事件の記憶を湧き起こすシンボルとなっている。

展示のタイトルは「Excavating Ground Zero(グラウンド・ゼロを発掘する)」で、ペンシルヴァニア考古学・人類学博物館で開催されている。
15の展示物があり、壊れたメガネ、来訪者のバッジ、ほとんど原型の無いコンピュータのキーボード、辞書のページ、完全な状態のクリスマスの飾り、よじれた布切れのようにねじまがった拡声器などが含まれている。
これらの遺物が公の場に展示されるのは初めてであり、2012年の9月11日にワールドトレードセンタービルがかつてあった場所にオープンする予定の博物館で展示されるために選別されたもの。

2011/06/29

陰惨な奴隷貿易を物語る廃墟 アフリカ・シエラレオネ共和国

ベンス島の廃墟Credit: Winston-Salem State University
考古学の国際チームが西アフリカでもっとも大きな「奴隷の城」とよばれた遺跡で、300年前の奴隷貿易に関する廃墟を発見した。

遺跡はベンス島と呼ばれる場所で、シエラレオネ共和国の首都フリータウンから30kmほど上流にいったところにある。
この遺跡は北部アメリカの奴隷貿易と密接な関係があったという。

ニューヨーク州のシラキュース大学人類学科長Christopher DeCorse氏によれば、ベンス島は南カロライナとジョージアにあったイギリスの植民地で、米作に従事する奴隷を供給していた主要な輸出地だった。