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2012/04/04

エジプトの「インディ・ジョーンズ」ザヒ・ハワス氏告発される

エジプトの「インディ・ジョーンズ」こと、ザヒ・ハワス氏(前考古省大臣)がアメリカ地理学協会(American Geographical Society)との間で1700万ドルに及ぶ不正取引があり、その資金を私的に利用した疑いで告発されたことを、エジプトの検察が報じた。
ザヒ・ハワス氏とクフ王のピラミッド CREDIT:Ahram Online
検察長官のAbdel Meguid Mahmoud氏は、ザヒ・ハワス前考古省大臣が公的な金を使用し、アメリカとオーストラリアで行われたツタンカーメンに関する展覧会のために考古遺物を不正に持ち出したとして糾弾した、とエジプトのアハラム・オンラインで報じられている。

2012/03/18

「インカ帝国展」が東京・上野の国立科学博物館で開催中

マチュピチュが再発見されてから100年経った今年、東京・上野の国立科学博物館で「インカ帝国展」が開催されている。
3月10日(土)に始まり、6月24日(日)まで行われる。
世界遺産・マチュピチュ
考古遺物およそ160点を展示するほか、マチュピチュ遺跡を再現した3D映像の上映が行われる。
開館時間は9時~17時。入場料は、一般・大学生=1,400円、小・中・高校生=500円。

2011/10/06

中国・始皇帝陵の「百戯俑坑」が一般公開へ

古代中国では死者を埋葬する際に「俑」と呼ばれる人形を副葬する習慣がある。
陝西省にある秦の始皇帝の陵墓の周辺には、兵士や馬をかたどった「兵馬俑」が埋納されていることは有名である。
この始皇帝陵の南東にある「百戯俑坑」が10月から一般公開された。

始皇帝陵の周囲では180におよぶ副葬坑が発見されており、「百戯俑坑」はその1つ。
1999年に発見されたことから、副葬坑K9901号と命名された。

2011/09/30

呪われた「クロイソスの財宝」 トルコ

「クロイソスの財宝」はリディア王国をクロイソスが統治していた紀元前560年から前547年の遺物のコレクションである。
この財宝は1960年代の発見以後、壮絶な歴史をたどっており、呪われていると噂されるようになった。
財宝はトルコから密輸され、ニューヨークのメトロポリタン美術館で展示されていたが、法的な闘争の末トルコに返還された。
現在、「呪われた」財宝はまた別の論争の的になっており、現在トルコのウサク考古学博物館に展示されているものの、トルコの文化・観光省と博物館側では将来どこに遺物を展示するかで意見が一致していない。

2011/09/18

ナポレオンの頭髪を発見 スコットランド・旧ウォルター・スコット邸

スコットランドのボーダー地方にある旧ウォルター・スコット(スコットランドの詩人、作家)邸で、ナポレオンの頭髪の一房が発見された。
また、小さな手書きのメモも見つかっている。
ウォルター・スコットの邸宅はアボッツフォード・ハウスと呼ばれ、一般にも公開されている。

ナポレオンの記録簿を研究しているグループが発見した。
アボッツフォード・トラストのJason Dyer氏は、この発見が「アボッツフォード・ハウスとそこに収められているものを保存することの重要性」を示すものだと述べている。

2011/09/01

ウィーン近郊でグラディエーター養成学校の遺跡が発見される

オーストリアの首都ウィーンの近くにあるローマ時代の遺跡カルヌントゥムで、剣闘士(グラディエーター)を養成する学校が発見された。

カルヌントゥム考古学公園によれば、建築物の構造はローマのコロッセオにあったものや、ルドゥス・マグヌス剣闘士養成学校と同じであるという。
しかし、遺跡の大きさや良好な残存状態は世界でも珍しいもののようだ。

2011/08/27

グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を開催 アメリカ・ペンシルヴァニア大学


アメリカ・ペンシルヴァニア大学では、9.11の10周年を記念して、グラウンド・ゼロで発見された遺物の展示を行っている。
単なる日用品が、事件の記憶を湧き起こすシンボルとなっている。

展示のタイトルは「Excavating Ground Zero(グラウンド・ゼロを発掘する)」で、ペンシルヴァニア考古学・人類学博物館で開催されている。
15の展示物があり、壊れたメガネ、来訪者のバッジ、ほとんど原型の無いコンピュータのキーボード、辞書のページ、完全な状態のクリスマスの飾り、よじれた布切れのようにねじまがった拡声器などが含まれている。
これらの遺物が公の場に展示されるのは初めてであり、2012年の9月11日にワールドトレードセンタービルがかつてあった場所にオープンする予定の博物館で展示されるために選別されたもの。

2011/08/02

世界最古の分度器? 古代エジプトの建築家の副葬品

Credit: New Scientist
写真にある奇妙な遺物は、古代エジプトの建築家の墓から発見されたものだ。
100年間に渡って、エジプト学者はその用途について議論してきた。

1人の物理学者がその議論に参戦した。
トリノ技術専門学校のAmelia Sparavignaという人物であり、彼女は、この遺物が世界で知られている最古の「分度器」という説を唱えている。

この説は、遺物の表面に刻まれた彫刻の解釈に基づいている。

2011/07/19

革命のドサクサで盗難された遺物が一部戻る エジプト・カンターラ


エジプト北部にある東部カンターラで、今年1月の反政府デモのドサクサに紛れて博物館から盗難された遺物群が見つかった。

考古省のザヒ・ハワス博士によると、22の遺物が発見されており、ヒクソス時代の土器やプトレマイオス朝時代の青銅製の硬貨5枚などが含まれていた。
発見された土器群
カンターラ博物館はスエズ運河から近いイスマイーリア市の近郊にある。
今年の1月28日に盗難が行われた模様。
これまでに約300の遺物が戻ってきている。その多くは、良識ある市民によってもたらされた。

Press Release: Seized Artifacts

ラベル「古代エジプト」、「被害」を含む記事

2011/07/05

ヴァイキングの埋蔵銀貨を発見 イギリス・カンブリア州

イギリス・カンブリア州の田舎で、ヴァイキングが埋蔵した銀貨が金属探知によって発見された。
この埋蔵物群は何万ポンドにも及ぶ価値があると言われており、カンブリア州ファーネスの未公開の遺跡での発見だった。
埋蔵されていた遺物群
発見された埋蔵物は大英博物館の専門家によって調査される予定。

埋蔵物は92の銀貨とインゴットを含む遺物群、そして銀のブレスレットなどである。
銀貨の中にはアラブ世界のディルハム銀貨も含まれいていた。

この発見は、9世紀から10世紀のヴァイキングの物質文化に関する重要な証拠になる、と専門家は述べている。

2011/06/29

スフィンクスの参道が10月にオープン エジプト・ルクソール

スフィンクス参道
エジプト、ルクソールでカルナック神殿とルクソール神殿の間をつなぐ参道「スフィンクス参道」が10月に観光客にオープンされることになった。

参道は当時の姿が再現されており、修復には5年の歳月が費やされた。
観光客は、古代エジプト人がかつてそうしていたように、参道を歩くことができる。
参道の脇には修復プロジェクトの過程で発見されたギリシア・ローマ時代の工房やワイン工場などが発見されている。

10月には、オープンを祝して特別なセレモニーが行われる予定。

2011/05/31

ヒッタイトのスフィンクス像をドイツからトルコへ返還

ハットゥシャのスフィンクス象
ベルリンにあるヒッタイトのスフィンクス像が、トルコに返還される。

このスフィンクス像は3000年以上前のもので、1934年以来ベルリンのペルガモン博物館にあったもの。この像がドイツとトルコの友好の証として返還されるという。

引渡しは11月28日に行われる。
この日は像が発見されたハットゥシャがユネスコの世界遺産に登録された25周年に当たる。

今後ドイツとトルコは博物館や考古学の活動で協力していくことを予定しており、この返還はその一連の活動の一部である。

2011/05/29

トピック:イギリスはアマチュア考古遺物収集家のパラダイス

イギリス・サフォークで発見された金貨(credit: Reuters/PAS)
イギリスでは、重要な考古遺物の登録件数が急増している。

2010年にはイギリス内で9万以上の考古遺物が博物館に記録された。
これは2009年の登録件数から36%増加したことになる。
その背景にはPortable Antiquities Scheme(PAS)という政府による計画があった。

Portable Antiquities Scheme(PAS)とは、「持ち運びできる考古遺物に関する取り決め」のことで、急増する一般人が発見した小さな文化財を記録するために、イギリス政府が運営しているボランティア計画である。
この計画は1997年に開始されたもので、イングランドとウェールズで実施されている。

2011/05/14

マオリ族のミイラの首 フランスからニュージーランドへ返還される

フランスにある、刺青が施されたマオリ族のミイラの頭部がニュージーランドへ返却される。
ミイラの返還には、現代のマオリ族による、先祖を本来の土地へ返すための長年の奮闘が背景にあった。

マオリ族の宗教的リーダーは返還を祝して伝統的な祈りを朗唱し、1875年以降ミイラの頭部「トイ・モコ(Toi Moko)」が保管されていたフランス・ルーアンの自然歴史博物館職員と、鼻をこすりつけ合ったという。
ミイラの首は、個人のコレクターが寄贈したものだった。
ミイラの首は戦闘で死んだマオリ族の戦士の頭と信じられており、ニュージーランドへ返却予定の16ある頭部の内の1つである。