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2013/01/16

ローマ時代のポンペイには2階にトイレがあった!

イタリア・ナポリの近郊にあった古代都市ポンペイは、紀元後79年のヴェスビオ火山の噴火による火砕流で、一瞬にして地中深くに埋まってしまった。その後町18世紀に至るまで地中に没したままであったことが原因で、古代ローマの都市の様子がそのままの状態で残されていた。
テーブルには食器がそのまま置かれていたり、壁のフレスコ画が良好な状態で残されているなど、当時の町や生活の様子を知るための稀有な遺跡であり、世界遺産にも登録されている。
ポンペイの遺跡。背後にはヴェスビオ火山が見える。
このポンペイ遺跡には、どうやら2階にもトイレが備えられていたらしい。
2階建ての住居があったことは知られているが、2階まで残っている例は多くはない。
しかし、2階に続いていた垂直方向のパイプが残っており、トイレが上の階に存在していたらしいことがわかってきた。

2012/03/28

3万枚以上のローマ時代の銀貨を発見 イギリス・バース

イギリス・バース市にあるローマ時代の浴場の遺跡から、30000枚以上の銀貨が発見された。
銀貨は紀元後270年のものであり、これまでイギリスで発見された埋蔵硬貨の中でも5番目に多い。
発見された銀貨[Credit: BBC]
銀貨はまとめられ、大英博物館に移送されて保存処置を受けることになる。

2012/02/24

ギリシア・クレタ島沖で沈没船が新たに4艘発見される

ギリシア・クレタ島のイラクレイオ湾の30km沖で、4艘の沈没船が発見された。
上空から見たクレタ島
沈没船の内2艘はローマ時代のもので、1艘には1世紀から2世紀のクレタ島のアンフォラ(貯蔵用の壺)が積まれており、もう1艘からは5~7世紀のアンフォラが発見された。
その他の2艘はビザンツ時代のアンフォラがあり、8~9世紀か、それ以降のものであるという。

2012/02/06

地下鉄工事で発見された膨大な遺跡の数々 ギリシア・テッサロニキ

ギリシア、テッサロニキの地下鉄工事で、2000年以上の期間に渡る膨大な量の遺構と遺跡が発見されている。
発掘現場の一部 Credit: Greek Reporter
内容は金製品からベンチ、日々の生活に使われていた遺物、教会の遺構など様々だ。
この地域は紀元前4世紀にアレクサンドロス大王によって創建されて以来、現在にいたるまでコンスタントに居住が行われており、多種多様な文化、時代による歴史の「モザイク」が掘りだされたのである。

2011/10/02

ジーンズ工場跡からローマ時代の要塞を発見 スコットランド


スコットランド、キャメロンのジーンズ工場跡から、少なくとも2つのローマ時代の要塞が発見された。
60足分の革製の靴に加えて、土器、炉、硬貨、骨、宝石、斧、槍先などが出土した。
1世紀から2世紀に年代づけられるもので、この時期に要塞が使用されていた。
Credit: Falkirk Herald
発見されたのは「ラングラー(Wrangler)」のジーンズ工場跡であり、この場所にスーパーマーケットが新しく建てられるため、発掘調査が行われていた。

2011/09/27

トルコ・イズミルでローマ時代の豪邸跡が見つかる

トルコ・エーゲ海湾岸のイズミルで2000年前のローマ時代の豪華な邸宅が発見された。
邸宅は古代の都市スミュルナに位置しており、広さは400平方メートル、多くの部屋、浴室、キッチンなどがあった。

「多数の部屋、浴室、キッチンの存在は、この家に富裕層の人々が奴隷とともに住んでいたことを示しているようだ。発掘の過程で、彼らのライフスタイルの詳細を数多く見ることができた」と発掘を指揮する考古学者Akın Ersoy氏は語っている。

2011/09/01

ウィーン近郊でグラディエーター養成学校の遺跡が発見される

オーストリアの首都ウィーンの近くにあるローマ時代の遺跡カルヌントゥムで、剣闘士(グラディエーター)を養成する学校が発見された。

カルヌントゥム考古学公園によれば、建築物の構造はローマのコロッセオにあったものや、ルドゥス・マグヌス剣闘士養成学校と同じであるという。
しかし、遺跡の大きさや良好な残存状態は世界でも珍しいもののようだ。

2011/08/23

トルコの古代都市トロスで古代ローマ皇帝の彫像を発見


トルコ・ムーラ県のフェトヒエにある古代の都市トロス遺跡で古代ローマの皇帝達の彫像が発見された。

発掘を指揮しているTaner Korkut氏によると、発見された彫像はハドリアヌス、アントニウス・ピウスと娘の小ファウスティナ、マルクス・アウレリウス、女神イシスなどのものがあった。

2011/08/19

北部イスラエルでヘラクレスの像を発見


北部イスラエルで、0.5mの白大理石のヘラクレス像が発見された。
ローマ様式の浴場のアルコーブ(壁のへこみ)に飾られていたものと考えられている。
紀元後2世紀に年代づけられるもので、極めて質の高いものだという。

2011/08/18

アフロディーテ像と神の眼のモザイク出土 トルコ・デニズリ県


トルコ・デニズリ県は付近の温泉石灰華段丘の丘陵地で世界遺産のパムッカレやローマ帝国の温泉保養地ヒエラポリス遺跡、リュコスのラオディケアなどの自然・文化遺産がある場所である。
この地域で2つの遺跡から重要な発見があった。
トルコ・ラオディケアの遺跡
カレ地区はアレクサンドロス大王の側近が建設したとされるタバエの城塞がある。
カレ地区での発掘調査で、アフロディーテがモチーフと考えられるローマ時代の彫像が偶然見つかった。

一方で、ラオディケアの教会では1600年前のモザイクが発見された。
モザイクのデザインは神の眼を象徴するものだという。

2011/08/16

3000枚以上の古代の硬貨を海中で発見 シチリア


シチリア海峡のパンテッレリーア島で3422枚の古代の青銅製硬貨が海中から発見された。
発見された青銅の硬貨
水中の遺跡観光のために行われたダイビング調査の途中に偶然発見されたもので、紀元前264年から241年のもので構成されていた。

シチリア島の110km南西に位置するパンテッレリーア島はその時代、ローマとカルタゴの不和の原因となっていた。

ローマ人は紀元前255年の第一次ポエニ戦争でこの島を占領したが、翌年には失っている。
紀元前217年の第二次ポエニ戦争では、最終的にローマが島を奪取し、記念コインや記念日を作ってその勝利を祝ったという。

2011/07/22

北部イタリアで5000年前の女性の人骨を発見

北部イタリアの小さな町イントロッドで5000年前の人骨が発見された。
人骨は女性のもので、右わきを下にして見つかっており、顔は西の方向を向いていた。
副葬品とみられるような遺物は発見されていない。

人骨はすでに発掘が完了しており、研究室に送られている。
現在、死去した時の年齢、食べ物、考えられる死の原因について調査が行われている。

2011/07/21

世界屈指の古代遺跡に戦争の危機 リビア

リビアは5つの世界文化遺産を有し、古代ギリシア、ローマの極めて残存状態の良い遺跡に恵まれている。
この古代遺跡の保存修復・復元作業を行う国際的なプロジェクトが立ち上げられているが、2011年に始まったリビア騒乱が行く手を阻んでいる。

リビア北東部のシャッハート村は最近反政府デモがあった場所であり、現在反政府軍の支配下にあると言われている
ここはキュレネと呼ばれる古代ギリシアの植民都市がかつてあったところで、リビアおよび地中海世界においても群を抜く巨大な遺跡が残っている。
リビア東部は「キレナイカ」と呼ばれることがあるが、これは古代都市キュレネの名にちなんでいる。
キュレネ遺跡

2011/07/08

古代のイベリア人の宮殿が発見される スペイン・ハエン

1970年代初頭にスペインのハエンで発見されたイベリア人の居住地遺跡プエンテ・タブラス(Puente Tablas)の発掘調査で、400平方メートルに及ぶ2500年前のイベリア人の宮殿が発見された。
プエンテ・タブラスの発掘の様子
イベリア人は先史、古代からイベリア半島に住んでいた人々を指しており、古代ギリシャ・古代ローマの文献にその名称が現れている。

2011/06/21

古代ローマ建築の方位と天文との関連 ヴィッラ・アドリアーナ(イタリア)

ヴィッラ・アドリアーナの風景(大浴場)
ヴィッラ・アドリアーナは古代ローマ帝国のハドリアヌス帝によって建設された広大な別荘地。
イタリアのローマから東へ約30kmのところにあるティボリに位置している。
紀元後118年に建設に着手し、133年に完成したと言われている。
1999年にはユネスコの世界遺産にも登録されている。

ヴィッラ・アドリアーナに30以上あるハドリアヌス帝の建築物の方位は、特に規則はなく、ランダムに配置されていたと長年考えられていた。
しかし、イタリアの考古学者Marina De Franceschini氏によれば、2つの建物で夏至の時に細い光が貫通するという。

2011/06/18

人間の排泄物からわかる古代ローマ人の生活 ヘルクラネウム遺跡

ヘルクラネウムの通り
イタリアのヘルクラネウム遺跡で、2000年前のローマ人が古代の下水に残したものから、彼らの生活を解き明かそうとする試みが行われている。

ヘルクラネウムは現在のイタリア南部・カンパーニャ州エルコラーノに位置しており、紀元後79年にポンペイをはじめとする諸都市を破壊したヴェスビオ火山の噴火によって埋没した遺跡である。

ヘルクラネウムの保存プロジェクトに参加している専門家達は、古代の下水の発掘を行っており、そこは古代ローマの遺跡の中でも最も有機遺物が豊富な堆積であることを発見した。

排泄物の層が火山の泥の層の下に何世紀にも渡って保存されており、古代ヘルクラネウムに住んでいた人々の食生活や健康を知る新たな手掛かりになるという。

2011/06/02

古代ローマの船に魚の貯蔵タンク 新鮮な魚を各地へ輸送していた

ローマ時代の船の船体に鉛のパイプが通っているものが発見されていたが、その用途については良くわかっていなかった。
イタリアの考古学者の研究によって、実はこのパイプが生きた魚を貯蔵するのに使用されており、水中に継続的に酸素を入れるための、巧みなポンプ機能を有していたという説が提出された。
発見されていた鉛のパイプ

歴史学者は、古代には冷蔵庫がなく、運んでいるうちに腐ってしまうので、魚を消費していたのは魚がとれる場所のすぐ近くに住んでいる人々だと考えていた。
もし、新説が事実ならば、ローマ時代の船は生きた魚を地中海中の港に運ぶことができた可能性がある。

2011/05/23

イギリスでローマ時代の大量の硬貨がギッシリつまった壺を発見

壺から発見された大量の硬貨(credit: BBC)
イギリス、コルチェスターで、ローマ時代の硬貨が大量に発見された。

2つの壺が発見されており、その内の1つに1247枚の硬貨が入っていた。場所はかつて兵舎だったところであり、現在再開発が行われている。

硬貨は紀元後251年から271年までのものであり、アントニニアヌス貨として知られるものである。
ローマ帝国期の硬貨の一種で、2デナリウス相当の価値があるとされていた。最初に導入されたのはカラカラ帝の治世であり、215年のことである。アントニニアヌスという名称は後世の貨幣研究者が名付けたもので、当時どう呼ばれていたのかは不明。

2011/05/01

保存状態良好の古代ローマの船発見される イタリア・オスティア

ローマ帝国時代の港であったオスティアで、古代の船が発見された。
現在までに、11mにおよぶ船体の脇の部分が見つかっている。

港にはローマ帝国の最も大きい船団が配備され、帝国首都の物流の窓口であったが、今回の発見はその正確な位置に関する新たな情報になるという。

2011/04/24

不法投棄の有毒廃棄物の下から古代ローマ時代の墓 イタリア

イタリア・ナプレス近郊で不要に登記された有毒廃棄物の山の下から古代ローマ時代の墓が発見された。

乱雑に広がった紀元後2世紀の墓は全面にしっくいによる装飾が施されたものであり、60トンに及ぶ不法に廃棄されたゴミの下から発見された。