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2012/03/23

万里の長城の続き?をモンゴル南部で発見

万里の長城の一部?がモンゴルで発見された。
場所はモンゴル南部、ゴビ砂漠の奥地にあたり、泥と低木で造られていた。
長さは100kmに渡り、高さは2.75メートル、チンギス・ハーンとその息子オゴデイが築いた「チンギス・ハーンの壁」に連なるという。
しかし、年代測定の結果はチンギス・ハーン以前のものであることを示しており、万里の長城の未発見部分ではないかとする説が持ち上がっている。
既存の長城の位置を示した図

2011/10/26

保存状態の良い元寇船が発見される 長崎県松浦市鷹島町沖

日本の鎌倉時代中期に中国大陸を支配していたモンゴル帝国。
元寇(蒙古襲来)と呼ばれる、モンゴル帝国による二度にわたる対日本遠征は、日本史の教科書に必ず載っている有名な出来事だ。
長崎県松浦市鷹島町の沖合で、この元寇でモンゴル帝国が使用した船が、構造を保った状態で発見された。
CREDIT:琉球大考古学研究室

10月24日に琉球大法文学部の池田榮史教授(考古学)は長崎県庁で正式発表し、現場の映像を公開しながら説明した。船の全長は20メートルに及ぶという。

2011/10/07

トルコ・「ガリポリの戦い」戦場跡の調査から見える両陣営の様子

 オーストラリア、ニュージーランド、トルコの考古学者、歴史学者などによる研究チームによって、第一次世界大戦にトルコで行われた「ガリポリの戦い」の戦場跡の調査が行われ、100以上の遺物が発見された。
ガリポリの戦いを描いた絵
ガリポリの戦いは第一次世界大戦中の1915年4月~1916年1月にトルコのガリポリ半島で起きた戦い。
主に大英帝国とフランス連合軍が、オスマン帝国の首都コンスタンチノープルを奪還してロシアへの海路を確保しようとしたもの。
英仏軍は世界で最初となる大規模な上陸作戦を展開したが失敗し、双方に多数の戦死者を出した。

2011/08/08

スペインの「無敵艦隊」の沈没船発見か アイルランド沖


アイルランド北西部ドニゴール州バートンポートの沖でスペインの無敵艦隊(アルマダ)のものと思われる沈没船が発見された。

ダイバーによる海底の調査で発見されたもので、16世紀の船であることがわかり、おそらく1588年の「アルマダの海戦」によるものだという。
アルマダの海戦を描いた絵画

「アルマダの海戦」はスペイン無敵艦隊のイングランド侵攻で、1588年に英仏海峡で行われた諸海戦の総称。

2011/07/25

メキシコで15世紀の食人の風習が発見される

メキシコで1450年頃に洞窟に家を作り居住していたシシメ(Xixime)と呼ばれるインディアンの人骨を調査した結果、食人の風習を有していた可能性をメキシコの人類学者が発見した。
食人は戦争や穀物豊穣の儀式の最中に行われていたと考えられている。

北部メキシコのドゥランゴ州にあるマゲイ洞窟(Maguey Cave)で発見された40体分の人骨を4年かけて調査したもので、その中の少なくとも80%は切断の跡や煮沸の痕跡があったと国立人類学・歴史研究所(INAH)が報じた。
マゲイ洞窟 Credit: EFE
これらの痕跡は儀式の一部として行われた食人の風習を示すものであり、食人は同じシシメの人間に対してしか行われなかった、と同研究所は伝えている。

2011/07/24

中世ヨーロッパの重装鎧は逆効果? レプリカによる実験結果


百年戦争中のアジャンクールの戦いで、数に勝るフランスの重装騎兵は長弓隊を駆使したイングランド軍に大敗した。
この時、フランス軍がもっと軽い鎧を使っていたら、結果はもっとマシだったかもしれない。

アジャンクールの戦いは1415年10月25日にフランスのアジャンクールで行われたもので、ヘンリー5世率いるイングランド軍は約7000名、フランス諸侯軍は約20000名だった。
大敗によってフランスはヘンリー5世の子孫によるフランス王位継承を認めるはめになったのである。
アジャンクールの戦い
イギリス・リーズ大学のGraham Askew氏の主導によって行われた研究によると、中世の鎧をまとっていた兵士は、鎧を着ていない状態の兵士の2倍のエネルギーを消耗するということがわかった。
中世の兵士が鎧を着ていた時の負荷が、実験によって証明されたのは初めて。

2011/07/21

世界屈指の古代遺跡に戦争の危機 リビア

リビアは5つの世界文化遺産を有し、古代ギリシア、ローマの極めて残存状態の良い遺跡に恵まれている。
この古代遺跡の保存修復・復元作業を行う国際的なプロジェクトが立ち上げられているが、2011年に始まったリビア騒乱が行く手を阻んでいる。

リビア北東部のシャッハート村は最近反政府デモがあった場所であり、現在反政府軍の支配下にあると言われている
ここはキュレネと呼ばれる古代ギリシアの植民都市がかつてあったところで、リビアおよび地中海世界においても群を抜く巨大な遺跡が残っている。
リビア東部は「キレナイカ」と呼ばれることがあるが、これは古代都市キュレネの名にちなんでいる。
キュレネ遺跡

2011/07/11

旧約聖書のペリシテ人の姿を解き明かす 古代都市ガトの発掘調査

イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡は、古代イスラエルの主要な敵として聖書に登場するペリシテ人の都市、ガトがあった場所として知られている。
発掘調査が現在進行中で、古代のペリシテ人の姿について、考古学的な成果から新たな事実が分かってきている。
現在のテル・アル=サフィ
毎年発掘が行われており、先日今年の調査が開始されたようだ。

約3000年前に、ペリシテ人は地中海岸周辺に居住しており、ガトは新たに開拓された都市だった。
この都市で最も有名な住民は、サムエル記にある羊飼いの若者ダビデの投石によって倒された巨人ゴリアテである。

2011/07/01

世界で初めて船を沈めた潜水艦H.L.ハンリー 保存修復作業が進行中

潜水艦H.L.ハンリー
アメリカ連合国(アメリカ南北戦争時の南部諸州の国)の潜水艦H.L.ハンリーは1864年の2月17日、潜水艦史上発の船舶への攻撃を行い、沈没させることに成功した。
攻撃後、すぐに基地への帰還のため引き返したようだが、消息を絶ってしまった。
最近になって、ハンリーはチャールストン湾沖の海中に沈んでいることが発見され、乗組員であった8名も死亡していたことが確認された。

ハンリーは右舷側に45度傾いた状態で発見されており、2000年にその角度のままで引き上げが行われた。
今年の6月に保存修復作業が完了し、直立した状態でおくことができるようになった。

2011/04/22

鉄器時代の要塞で行われた殺戮の証拠 イギリス

ダービーシャーの要塞遺跡から鉄器時代の戦争に関連する虐殺の証拠が発見された。

ピーク・ディストリクトのフィン・コップにある要塞の周りにある溝の一画から、9体の骨がが発見され、さらに数百体分の骨が溝に残っているだろうと研究者は予測している。