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2012/02/28

メソポタミアの古代都市ウルの地で神殿跡を発見

イラクにある古代メソポタミアのシュメール人の都市、ウルで紀元前2500年の神殿が発見された。
これまでに、神殿の壁と同時代の墓が多数出土している。
現在のウルの風景
シュメール人の文明は現在のイラク南部を中心に栄え、ウルはその中でも極めて重要な都市であった。

2012/02/27

1500年前の聖書外典がトルコで見つかっていた バチカンは調査許可を要請?

バチカンが、トルコの警察によって発見された1500年前の福音書外典の調査許可を要請しているそうだ。
問題の福音書外典は警察による密輸撲滅活動で発見されたもので、トルコのアンカラ民族学博物館に渡されていた。
発見された問題の文書
この文書はアラム語で記されていた。
アラム語はイエス・キリストが話していたと考えらている言語。
なんと、この文書は4000万トルコ・リラ(2012年2月27日のレートでは約18億円)相当の値がつけられている。

2012/02/10

聖書の預言者「ヨナ」の地で要塞跡を発見 イスラエル

イスラエル南部の都市アシュドッドにある丘で、聖書に登場する預言者ヨナの時代の要塞址が発見された。
この丘は「ヨナの丘」と呼ばれており、預言者ヨナが埋葬された場所であると伝えられている。
ヨナの丘の遺構 Credit: Israel Antiquities Authority
発見されたのは幅1m以上の巨大な壁であり、紀元前8世紀後期から前7世紀初頭に年代づけられるという。

2011/07/29

聖書の古代都市ガトで祭壇が発見される


聖書に登場するペリシテ人の都市ガトがあった場所と考えられている、イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡で、紀元前9世紀の石製の祭壇が発見された。
同時代のユダヤ教徒の祭壇を思わせるもので、何世紀も争いあっていたペリシテ人とユダヤ人の間に文化的な共通性があったことを示している。
祭壇発掘の様子

祭壇は高さ約1m、幅約0.5m、奥行0.5m。
バル・イラン大学のAren Maeir博士の調査チームによって発見された。
最も特徴的な部分は正面にある2本の角と中央にある蛇腹である。
形状は聖書にあるユダヤ教の祭壇に関する記述を連想させるものだが、一番顕著な違いは、ユダヤ人の神殿にあった祭壇は角が4本とされており、ガトのものは2本である点だ。

2011/07/11

旧約聖書のペリシテ人の姿を解き明かす 古代都市ガトの発掘調査

イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡は、古代イスラエルの主要な敵として聖書に登場するペリシテ人の都市、ガトがあった場所として知られている。
発掘調査が現在進行中で、古代のペリシテ人の姿について、考古学的な成果から新たな事実が分かってきている。
現在のテル・アル=サフィ
毎年発掘が行われており、先日今年の調査が開始されたようだ。

約3000年前に、ペリシテ人は地中海岸周辺に居住しており、ガトは新たに開拓された都市だった。
この都市で最も有名な住民は、サムエル記にある羊飼いの若者ダビデの投石によって倒された巨人ゴリアテである。

2011/04/18

キリストの磔に使用した釘 考古学者は「根拠なし」

キリストの磔刑で使用された釘が発見されたということで、その真正性について、議論が巻き起こっている。

カナダのユダヤ人映画監督シムチャ・ジャコボビッチ氏が、2本の錆びて折れ曲がった釘を持っており、彼がイェルサレムでの20年前の考古学的発掘で発見された遺物だと主張している。今月の下旬に放映されるヒストリー・チャンネルのドキュメンタリーでは、これらの釘が2000年前にキリストを十字架に打ちつけた釘であったことを証明する試みである。

2011/04/13

初期キリスト教の「鉛文書」 偽物の可能性が指摘される

70におよぶ金属製の本がヨルダンの洞窟から発見されており、キリスト教に関する最初期の文書として注目を浴びている。
キリストの死の約10年後に書かれたとされている。研究者達は「鉛文書」と呼び、歴史上最も重要な発見としてもてはやし、主要メディアが「鉛文書」研究の成果を報道して過熱気味になっている。


しかし、鉛で鋳造されたクレジットカードサイズの板が、鉛のリングによってつなぎあわされたこの「鉛文書」について、その信ぴょう性に対する疑問が徐々に沸き起こってきている。
現在、あるアラム語の翻訳者は文書の分析を終え、これが偽物であるという動かし難い証拠を発見したと述べている。