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2013/01/10

ボランティア奴隷?紀元前2世紀エジプトの不思議な契約

自ら望んで奴隷になるという人は、普通いない。
しかし、紀元前2世紀のエジプトでは、人々が自ら奴隷として神殿で働く契約を結んでいた証拠が残っている。
しかも、彼らは望んで奴隷になっただけでなく、奴隷になるために神殿に費用を支払うことまでしているのだ。
テブトゥニスにあるセベク神殿
コペンハーゲン大学のエジプト学者Kim Ryholt氏の研究によるもので、ファイユーム地方の神殿都市テブトゥニスの古代のゴミの堆積から発見されたパピルスを解読した結果、奴隷の契約に関する文書であることがわかった。

2012/12/28

マヤ暦「世界の終末の日」の騒ぎで遺跡に被害

「世界の終末の日」としてグアテマラの遺跡に集まった観光客によって、マヤ文明の大都市ティカルの石造神殿が被害にあった模様だ。
ティカルの神殿Ⅱ

遺跡のテクニカル・アドバイザーであるOsvaldo Gomez氏は「悲しいことに、多くの観光客が神殿Ⅱに昇ってダメージを与えてしまったようだ」と述べている。
「お祭りをするのはいいのだが、これが世界遺産であることを(観光客は)もっと自覚してほしい」とGomez氏。

2012/03/29

古代ギリシアの医学の神アスクレピオスの聖域を発見

ギリシア中央部の高速道路建設に伴う発掘調査で、古代ギリシアの医学の神、アスクレピオスの聖域が発見された。
遺跡はアテネから北へ200km、古代の港街ダフノウンタ(Dafnounta、現在のラミア市付近)の近郊に位置している。
アスクレピオスの像(ナポリ国立考古学博物館所蔵)
紀元前5世紀に年代づけられるもので、アスクレピオスの祭祀に関わる遺跡では最古級のものであり、これまでギリシアで発見されたものの中では最も保存状態が良いそうだ。平面の規模は30m×15mある。

2012/03/05

謎のファラオの名が刻まれた門を発見 エジプト・カルナック神殿

セン・ナクト・エン・ラー
エジプト・ルクソールのカルナック神殿で、これまで実在が確認されていなかったファラオの名前がフランスの調査隊によって発見された。まだ謎の多いエジプト第17王朝のファラオのようだ。

当時は第2中間期と呼ばれ、エジプト北部は「ヒクソス」と呼ばれるアジアからの侵入者が占拠していた。
このヒクソスを打ち破り、古代エジプトを全盛期へと導く礎となったのが、この第17王朝の王達だ。

2012/02/22

古代アステカ神話を描いたレリーフが出土 メキシコシティー

メキシコシティーにある古代アステカの首都テノチティトランの大神殿の前で、戦の神ウィツィロポチトリの誕生など、アステカ神話を描いたレリーフを持つ石板が発見された。全部で23あり、約550年前のものだという。
テノチティトランの主神殿で発見されたレリーフの内の1つ。ヘビを表している。Credit: INAH
レリーフにはヘビ、捕虜、装飾品、戦士など古代メキシコ文化の神話の起源に関連する図像が描かれていた。
大神殿は古代メキシコ人の宗教生活において最も重要な中心地であり、現在のメキシコシティーのソカロ広場にあたる場所に位置していた。

2012/01/30

失われたメロエ王国時代の宮殿を再発見 スーダン

スーダンのヴァド・ボン・ナガという町の近くにある遺跡で、チェコの調査隊がメロエ王国時代の神殿を再発見した。
遺跡はハルツームから130km北にある。
19世紀初頭にヨーロッパの旅行者が神殿の遺跡を見ていたのだが、その後砂漠に埋もれてしまっていたという。
写真は同じ地域で2011年に行われたアマニシャケトの宮殿の発掘のもの Credit: Prague Post

2011/10/11

アステカの祭壇を発見 付近に王墓の可能性 メキシコ

メキシコシティーのテンプロ・マヨール遺跡で、蛇の頭の彫刻が刻まれたアステカ文明の祭壇が発見された。アステカ文明の皇帝の墓が付近に存在する可能性もある。
アステカ文明の支配者の墓はまだ場所が特定されておらず、研究者らはテンプロ・マヨール遺跡周辺で5年に渡って探し続けていた。

2011/08/11

新ヒッタイトのライオン像が完全な状態で発見される トルコ

トロント大学の調査隊がトルコ南西部で石像によって飾られた新ヒッタイト(シリア=ヒッタイト)の建造物の門が発見された。
CREDIT: University of Toronto

石像には、精巧に彫られた完全な状態のライオンの像も含まれていた。
門は新ヒッタイトの王国パティナ(紀元前950年~前725年頃)の首都であるクヌルアの城塞への入口であり、ヒッタイト帝国の都市カルケミシュで1911年にイギリスの考古学者Leonard Woolley卿によって発見された城塞の門を彷彿とさせる。

2011/08/01

古代エトルリアの祭祀遺跡を発見 イタリア

イタリアで、3000年前に古代エトルリア人が神々を崇め、捧げものを燃やしていた聖域の遺跡が発見された。
遺跡はローマの北約80km、ヴィテルボ市の近くにあるチミーノ山に位置している。
ラ・サピエンツァ大学の発掘の様子
ローマのラ・サピエンツァ大学のAndrea Cardarelli教授に率いられた考古学者のチームは、3年間に渡ってこの標高約1000mにある丘陵の調査を行ってきた。

2011/07/29

聖書の古代都市ガトで祭壇が発見される


聖書に登場するペリシテ人の都市ガトがあった場所と考えられている、イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡で、紀元前9世紀の石製の祭壇が発見された。
同時代のユダヤ教徒の祭壇を思わせるもので、何世紀も争いあっていたペリシテ人とユダヤ人の間に文化的な共通性があったことを示している。
祭壇発掘の様子

祭壇は高さ約1m、幅約0.5m、奥行0.5m。
バル・イラン大学のAren Maeir博士の調査チームによって発見された。
最も特徴的な部分は正面にある2本の角と中央にある蛇腹である。
形状は聖書にあるユダヤ教の祭壇に関する記述を連想させるものだが、一番顕著な違いは、ユダヤ人の神殿にあった祭壇は角が4本とされており、ガトのものは2本である点だ。

2011/07/16

ブルガリアでアポロン神の姿が刻印された青銅の硬貨を発見

ブルガリアの考古学者がギリシアの神アポロンの姿を描いた紀元前4から3世紀の青銅製硬貨を発見した。
ブルガリアの南東部、黒海岸の町ソゾポルの近くにある、聖マリナ丘陵を発掘している際に出土した。
聖マリナ丘陵の発掘調査の様子

青銅製の硬貨は片方にアポロン神の横顔が描かれ、もう片方にはオンファロスに座るアポロンの姿があった。
オンファロスとは、「大地のヘソ」と呼ばれ、地球の中心と考えられていた古代の石造の宗教的な遺物である。

2011/07/15

ギリシアのオリンピア崩壊の原因は巨大津波だった 新説の登場

ギリシアのペロポネソス半島にある古代都市オリンピアは有名なゼウス神殿がかつてあった場所であり、古代ギリシアのオリンピック競技の開催地であった。
このオリンピアはこれまで地震と河川の氾濫によって崩壊したとこれまで考えられてきたが、実は内陸部にまで及ぶ津波が繰り返し押し寄せたのが崩壊の原因である、という説が提出された。
ドイツ隊によるオリンピア発掘の様子
オリンピアの津波による崩壊説は、ドイツのヨハンネス・グーテンベルグ大学地理学研究所のAndreas Vött教授によるもの。
Vött教授とその研究チームは、過去11000年間の地中海東部の沿岸部で起こった古代の津波を研究しており、そのプロジェクトの一環としてオリンピア遺跡で調査を行った。
教授の報告では、地形学的、堆積学的な見地から、オリンピアとその周辺は津波によって破壊されたことが示されているという。

2011/07/13

大西洋のアゾレス諸島でカルタゴ人の遺跡を発見

ポルトガル考古学調査協会(Portuguese Association of Archeological Research:略称APIA)は、ポルトガル領のアゾレス諸島において、紀元前4世紀以後のカルタゴ人による女神タニトの神殿を発見した。
アゾレス諸島はポルトガル沖約1000kmの大西洋上にある。
1427年にポルトガル人によって発見される前のアゾレス諸島における人類の足跡は、これまであまり知られていなかった。

遺跡はテルセイラ島のモンテ・ブラジル、アングラ・ド・エロイズモで発見された。
APIAの考古学者Nuno Ribeiro氏とAnabela Joaquinito氏によれば、5つ以上の地下神殿と、少なうとも3つの岩を掘ってつくられた聖域が発見されている。
地下神殿

2011/07/11

旧約聖書のペリシテ人の姿を解き明かす 古代都市ガトの発掘調査

イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡は、古代イスラエルの主要な敵として聖書に登場するペリシテ人の都市、ガトがあった場所として知られている。
発掘調査が現在進行中で、古代のペリシテ人の姿について、考古学的な成果から新たな事実が分かってきている。
現在のテル・アル=サフィ
毎年発掘が行われており、先日今年の調査が開始されたようだ。

約3000年前に、ペリシテ人は地中海岸周辺に居住しており、ガトは新たに開拓された都市だった。
この都市で最も有名な住民は、サムエル記にある羊飼いの若者ダビデの投石によって倒された巨人ゴリアテである。

2011/07/06

シャバカ王の宝庫の門を発見 エジプト・ルクソール


エジプトとフランスの共同調査隊が、ルクソールで紀元前2700年に年代づけられる石造の門の遺構を発見した。
遺構はヌビア(現在のスーダン)出身の王がエジプトを支配していた時期のもので、シャバカ王のものとわかった。
Credit: AFP/HO/SUPREME COUNCIL OF ANTIQUITIES
門は極めて良好な状態で発見されており、かつては王の宝庫への入口だったという。
「古代エジプト第25王朝のもので、これほどいい状態で発見されたのは初めて」と共同調査隊のエジプト側の主任Mansur Boraik氏は語っている。

門にはシャバカ王がマアト女神とアメン・ラー神へ供物をささげる場面の彩色レリーフがあった。

2011/06/30

100以上の彩色された神殿の建材を発見 エジプト サン・エル=ハガル


ファラオの彩色が施された建材
エジプト北部のサン・エル=ハガル(タニス)で、フランスの調査隊が100以上もの彩色された石灰岩の建材を発見した。
建材は古代エジプト第22王朝のファラオ、オソルコン2世の神殿に利用されたものと考えられている。

考古省のザヒ・ハワス氏は、これらの建材が後の末期王朝時代とプトレマイオス王朝時代に再利用されていた、と述べている。
建材が網羅的に発掘された後に復元研究を行い、本来どのような建築だったのかを明らかにしていく予定だという。

2011/06/29

スフィンクスの参道が10月にオープン エジプト・ルクソール

スフィンクス参道
エジプト、ルクソールでカルナック神殿とルクソール神殿の間をつなぐ参道「スフィンクス参道」が10月に観光客にオープンされることになった。

参道は当時の姿が再現されており、修復には5年の歳月が費やされた。
観光客は、古代エジプト人がかつてそうしていたように、参道を歩くことができる。
参道の脇には修復プロジェクトの過程で発見されたギリシア・ローマ時代の工房やワイン工場などが発見されている。

10月には、オープンを祝して特別なセレモニーが行われる予定。

2011/05/18

古代ギリシアの都市がロシアで発見される

調査の様子
ロシア南部、黒海沿岸のタマンで古代ギリシアの都市遺跡が発見された。
紀元前6世紀前後のものであるという。
大量の遺物が発見されており、遺跡の残存状況も良く、調査に当たっている考古学者を驚かせている。

発掘は都市の城塞を壊さないよう、慎重に行われている。
専門家によると、この遺跡は豊穣と農耕の女神ディミトラの神殿と推測されている。
しかし、遺物の多さから都市全体が含まれている様子である。