2011/07/11

旧約聖書のペリシテ人の姿を解き明かす 古代都市ガトの発掘調査

イスラエルのテル・アル=サフィ遺跡は、古代イスラエルの主要な敵として聖書に登場するペリシテ人の都市、ガトがあった場所として知られている。
発掘調査が現在進行中で、古代のペリシテ人の姿について、考古学的な成果から新たな事実が分かってきている。
現在のテル・アル=サフィ
毎年発掘が行われており、先日今年の調査が開始されたようだ。

約3000年前に、ペリシテ人は地中海岸周辺に居住しており、ガトは新たに開拓された都市だった。
この都市で最も有名な住民は、サムエル記にある羊飼いの若者ダビデの投石によって倒された巨人ゴリアテである。

2011/07/10

イラクでの考古遺物の不法取引がテロリストの資金源に

イラク戦争で盗難されたアダド・ニラリ王の石碑
CNNにイラクでの考古遺物の不法取引を調査したMatthew Bogdanos氏の話があった。
興味深い内容なので、以下に原文から日本語訳したものを記載する。

「考古遺物の不法な取引は麻薬や武器の密輸、人身売買と並んで世界的に蔓延しているが、それほど語られることはない。
私は2003年にアメリカ海軍大佐としてイラクの対テロ作戦に従軍した際、ボランティアとしてイラクの国立博物館で遺物の略奪について調べていた。

私の経験から言えるのは、考古遺物の不法取引はこの地域のテロ活動の収益源になっているということだ。

2005年に我々が捕らえた武器の輸送船には、それがテロリストのものであれ反政府グループのものであれ、考古遺物も積まれていた。
トラックや洞窟、建造物、その他の隠れ場所にも携行式ロケット弾とともに古代の石碑や像が入れられた箱が見つかることもあった。

2011/07/08

古代のイベリア人の宮殿が発見される スペイン・ハエン

1970年代初頭にスペインのハエンで発見されたイベリア人の居住地遺跡プエンテ・タブラス(Puente Tablas)の発掘調査で、400平方メートルに及ぶ2500年前のイベリア人の宮殿が発見された。
プエンテ・タブラスの発掘の様子
イベリア人は先史、古代からイベリア半島に住んでいた人々を指しており、古代ギリシャ・古代ローマの文献にその名称が現れている。

2011/07/07

ベトナムで3000年前の先サーフィン文化の遺物が発見される 山間部では初

ベトナム・クアンガイ省の山地にある遺跡で、先サーフィン文化の遺物が発見された。

調査を行っているクアンガイ博物館のDoan Ngoc Khoi氏によると、タイ・トラ県(Tây Trà District)の遺跡で10基の墓が発見されており、出土した遺物は3000年前のものだという。

遺物は先サーフィン文化期のものと類似しており、この文化が山岳地帯でも存在していたことが明らかになった。
以前は先サーフィン文化は平原や沿岸部でしか発見されていな
かった。

2011/07/06

シャバカ王の宝庫の門を発見 エジプト・ルクソール


エジプトとフランスの共同調査隊が、ルクソールで紀元前2700年に年代づけられる石造の門の遺構を発見した。
遺構はヌビア(現在のスーダン)出身の王がエジプトを支配していた時期のもので、シャバカ王のものとわかった。
Credit: AFP/HO/SUPREME COUNCIL OF ANTIQUITIES
門は極めて良好な状態で発見されており、かつては王の宝庫への入口だったという。
「古代エジプト第25王朝のもので、これほどいい状態で発見されたのは初めて」と共同調査隊のエジプト側の主任Mansur Boraik氏は語っている。

門にはシャバカ王がマアト女神とアメン・ラー神へ供物をささげる場面の彩色レリーフがあった。

2011/07/05

ヴァイキングの埋蔵銀貨を発見 イギリス・カンブリア州

イギリス・カンブリア州の田舎で、ヴァイキングが埋蔵した銀貨が金属探知によって発見された。
この埋蔵物群は何万ポンドにも及ぶ価値があると言われており、カンブリア州ファーネスの未公開の遺跡での発見だった。
埋蔵されていた遺物群
発見された埋蔵物は大英博物館の専門家によって調査される予定。

埋蔵物は92の銀貨とインゴットを含む遺物群、そして銀のブレスレットなどである。
銀貨の中にはアラブ世界のディルハム銀貨も含まれいていた。

この発見は、9世紀から10世紀のヴァイキングの物質文化に関する重要な証拠になる、と専門家は述べている。

2011/07/04

親族関係よりも共同体の中での関係の方が大事? 世界最古級の都市における埋葬の特徴

トルコのチャタル・ホユック遺跡は、9000年前にさかのぼる住居址が発見されており、遺跡の規模や複雑な構造から世界最古の都市遺跡と称されることもある。
チャタル・ホユックの発掘調査の様子
チャタル・ホユックの住民は、死者を村の内部で埋葬した。遺体は日乾しレンガ造りの家屋の床下に埋葬された。特に暖炉の下、主たる部屋の基壇や「ベッド」の下から遺体が発見されている。
遺体は、基壇の下60cmくらいの深さに、体を小さく折り曲げて、左脇を下、頭を部屋の中央に向けて、かごやアシ類のござのようなものにくるまれていることが一般的であった。
この遺体、家屋の下から発見されていることから、居住者の家族が代々埋葬されていくと普通は考えるが、どうやら血のつながりがないということが研究の結果わかってきた。
8歳の子供でさえ、自分の両親や親族とは別々に埋葬されているという。

2011/07/03

古代のアボリジニの焼畑が気象に変化をもたらしていた?

最初のヨーロッパ人居住者が17世紀にオーストラリアに来た時、アボリジニ達は奇妙な農耕の習慣を有していた。
冬のモンスーンの時期の間にある、乾季の涼しい期間に、北部オーストラリアの各地にある草原、植物を決まって燃やすのである。
Credit: Lindsay Brown / Lonely Planet Images/Newscom
このような一定の規則に従った焼却は、続く雨の多い季節での土地の再生をより活性化させることを意図していたようだ。
しかし、この活動が夏の乾季を通常より暑く、より乾燥させることに一役かっていたという新たな研究成果が提出された。

2011/07/02

エジプトをも支配した強大なクシュ王国の中心地・メロエが世界遺産に登録される スーダン

スーダンの首都ハルツームから北200kmにある、メロエの遺跡群がユネスコの世界遺産に登録された。
メロエのピラミッド
パリで行われたユネスコの第35回世界遺産委員会の会議で29日に登録が決定した。
メロエはスーダンのナイル川とアトバラ川の間にあり、「クシュ」と呼ばれる王国の中心地であった。
クシュ王国は紀元前8世紀から紀元後4世紀にかけて栄え、一時はエジプトを含め、ナイル川流域の地中海沿岸部からアフリカ中央部にかけて支配した強大な国だった。
クシュ王国の王は古代エジプト第25王朝のファラオとして君臨し、紀元前671年にアッシリアのエサルハドン王によって追い出されるまで、約1世紀にわたってエジプトを支配した。

2011/07/01

世界で初めて船を沈めた潜水艦H.L.ハンリー 保存修復作業が進行中

潜水艦H.L.ハンリー
アメリカ連合国(アメリカ南北戦争時の南部諸州の国)の潜水艦H.L.ハンリーは1864年の2月17日、潜水艦史上発の船舶への攻撃を行い、沈没させることに成功した。
攻撃後、すぐに基地への帰還のため引き返したようだが、消息を絶ってしまった。
最近になって、ハンリーはチャールストン湾沖の海中に沈んでいることが発見され、乗組員であった8名も死亡していたことが確認された。

ハンリーは右舷側に45度傾いた状態で発見されており、2000年にその角度のままで引き上げが行われた。
今年の6月に保存修復作業が完了し、直立した状態でおくことができるようになった。